2019年1月 1日 (火)

謹賀新年

あけまして
おめでとう
ございます

今年もよろしくお願いいたします。
滋賀に異動したということもあって、縄文期を調べ直す機会に恵まれました。
歴史モノをいくつか描いております。よろしくです。

2018年1月 1日 (月)

謹賀新年

新年
あけまして おめでとう ございます

今年もよろしくおねがいたします。ヽ(´▽`)/

2017年12月14日 (木)

SPAMスパムSPAM 再掲載

過去記事再掲載
 最近SPAMコメントにスパムトラックバックが増えたので、公開条件を変更しました。m(__)m
 このあたりの小説は、昔々に2chニュー速に描いたものですねぇ。


 スパム、スパム、スパム
 今日も、スパム、明日もスパム
 SPAM SPAM SPAM
 きっと、明後日もSPAMなのね
 口ずさむのは、ちょっと赤みがかった、ブロンドの少女。背が高く、スレンダーな体形だけどくびれていて、しなやかな脚はすらっとしていて、綺麗である。パラパラと降る雨の中、うきうきスキップしながら、リズムにのせて、口ずさんでいる。
「ちょっと、リズ。止めなさいよ」
 応えるのは、プラチナブロンドの少女の声が歌を遮る。少女ながら、良い感じに豊かな体形でくびれていて、しなやかな脚が、少し小柄な体
「あら、フラン。こんにちは、スパム・どうしたのスパム」
「そのセリフよ、セ・リ・フ」
「最近、スパムが多いのよ。やっぱりスパムって、止まらなくなったのスパムって」
「あなたが叫ぶ度に、迷惑メールが増えている気がするから止めて」
「あら、あたしだって多いのよスパム。せっかくお茶会の知らせをブログに出したのに、スパムコメントが次から次って、気に入らないからスパム、ケータイ壊しちゃったのよ」
「貴女らしいわね、リズ。それで、あたしにもそうなれって言いたいの?」
「だって、あたしだけじゃ、嫌じゃない。ね、スパム」
ポカッ。リズを殴るフラン。
「リズ、私はフランよ。フ・ラ・ン」
「痛いわねぇ。貴女のところからのコメントもスパムだったのよ」
「え・・・それは・・・」
少し、声の小さくなるフラン
「でも、そんなに多く無いよね」
「まぁ、そうね、一番は、やっぱりアメリーのところだし」
「そ。そうよね。ホッ。でも、やめてよね。あたし自身だって、スパムが多くて困ってるんだから」
「じゃぁ、二人で歌う?」
「え、貴女と?」
「そ。嫌?」
「ん~~。良いわ。唄いましょ」
 スパム、スパム、スパム
 今日も、スパム、明日もスパム
 SPAM SPAM SPAM
 きっと、明後日もSPAMなのね・・・

 最近、大量のコメントが流れ込んできてて困ってるOgamiでした。

2017年9月11日 (月)

「昭和16年夏の敗戦」Kindle版も発売されてました

 いつのまにやら、Kindle版も発売されていました。
猪瀬氏の「昭和16年夏の敗戦」
 なかなか読みごたえのある本です。資料としても、在りかと思います。

 戦前当時の日本が置かれた状況は、戦争をするか臥薪嘗胆に近い形での譲歩を図ることも選択肢にはあった。
 この選択肢を取れなかったのは、猪瀬氏は、官僚的な責任回避にあるとしているが、官僚が責任回避する理由して、決断に権限を持っていないことにあるように思います。決断は、他人であり、官僚には決断する権限はありません。国が作成する資料は、決断者に都合が良いことであって、作成者の意思ではなく作成されます。これは、今なお変わることのない、現実の国策が発生させる状況です。
 資料作成者は、官僚であれ学者等の知識人であれ、なにひとつ責任をとることはありません。ですが、作成した資料は、開戦の材料とされることとなります。

 後から、そんなつもりではなかったというのは、ダメダメなのですが、当時におかれたそれぞれの人の立場では、それ以外の答えを持つことは、極めて困難であったように思います。結果的には、小説やエッセイっぽい書き方としては失格な作品で、読む人にとっては、期待から外れることが多いような作品でもあります。
 作品としては、購入価値は、「とっても微妙です(笑)」(*゚▽゚)ノハハハ

 作品としてではなく、この作品から、今の日本が置かれている状況をどう改善するかとか、国の施策を予測するかとかを考える上での資料としては価値があると、お爺ぃは考えています。

 日本が、シミュレーション結果「敗戦」の中で、一縷の望みをつなぐ答えを探して、必死になって資料を集めて、開戦に踏み切るというのは、勝てる確率が高いから選択するのではなく、開戦以外の選択肢を取りたくないからという理由から、開戦を可能とする資料探しであったように思います。
 日本の官僚や学識経験者と呼ばれる方々と言うのは、戦前戦後も変わることなく、頭は良くキレる方々ですが、決断はしませんし、みんなで印鑑を押します。シビリアンコントロールは、武官に対する文官が上位に来るという発想ですが、官僚にとっては、自分の代わりに決断する人を利用して、自己責任の回避に努めます。
 日本の場合は、それが東條英機あったということになるのでしょう。
 つまりは、東條英機等をスケープゴートにして、責任回避を図ることが、シミュレーション参加者の行動にあったのだと思います。日本政府が探していたのは、開戦理由であり、こじつけであれ、開戦理由の書類を作成しそうな人達は、必死になって開戦に対する自己責任の回避に走ったことが、直接書かれてはいませんが、資料の作文をしていったように思います。

 小説や資料として失格なのは、あまりにも書いてあることが、現実に即しすぎていることにあります。虚構がほとんどないために、現実の政治におけるツマラナサが顕在化してしまっていることが、作品としての価値を下げているように思います。現実の政治は、ツマラナイですから。
Inose
 現実の政治は、面白くありません。何故なら、日本では、できる限り多くの人に利益を調整するために、すべての人に不満を残すことになる政治結果が基本となります。このような国の政治が、面白いハズは無く、ツマラナイ話にしかならないことを示します。
 日本の開戦理由も、できる限り損失(損切り)の決断をせずに済ませようとするあまりに、開戦への道を突き進んでいったのだというのが、お爺ぃが、この本に抱いた感想です。
 ただ、お爺ぃは、小説に政治が絡むと、どうも、この作者と同じような書き方をしてしまいます。現実の政治はツマラナイから、書かない方が良いのですが、内政関連チートは、どうしてもツマラナイことを現実化する方向で書いてしまいます。

2016年10月16日 (日)

琉球お爺いの一考を投稿しました

「琉球お爺いの一考」
 このページで書いたりしたことを中心に、エッセイ?風味に、米領沖縄のお爺ぃが話を書き綴ってみました。

アルファポリス
<「琉球お爺いの一考」>
http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/661081168/


2016年10月10日 (月)

歴史の重み

 丹波大江山を調べていて出てきたのは、但馬、丹後、丹波に跨る大丹波を勢力としていたというお話。従来、備前、備中、備後や、越前、越中、越後など前や後という名称がある国は、同一文化圏である、備の国、越の国といった国名があったのだろうという話は、聞いたことがあった。
 丹波を調べていくうちに、青葉山や北方交易の舞鶴湊とかが浮かび上がってくる。

 人が積み重ねた歴史の重みというのは、なかなかに難しいものである。小説として、歴史ifを描いているが、なかなかに描けば描くほどに、怖くなっていることが判る。様々に矛盾した歴史もあることもまた事実である。

 人とは、同じものにあらず、時が変われば、変わるのもまた人なのである。

 米国領沖縄生まれであるから、琉球郵便の単位がセントであったころを知っている。それすらも、思い出となった時代である。1$=360円が、1$=100円となれば、日本にとっての経済効果は、1/3となる。つまりは、昔はいるだけで、大金をおとす客だったが、最近はしみったれだ、いなくても良いじゃないか。
 経済の流れが、与えた影響というのは、そんなものである。だからと言って、その流れの中でおきたことは、そう簡単に覆るようなものではない。

2016年9月22日 (木)

「弓張月異聞 リアルチートは大海原を往く」投稿しました

  長い長い、夢を見ているようであった。勘当されて、九州の肥後へ行って、父が解官されたと聞いて、肥後より大慌てで京洛へ帰還すると、崇徳上皇の院宣を受けて父為義と共に、後白河天皇と平清盛や兄義朝と戦った。清盛が郎党、伊藤忠清から射掛けられて外れると、
「清盛で不足なのに、貴様等ごときが相手になるかッ」
矢をつがえ、キリキリと身の丈より遥かに長い、弓を引き絞るようにして、射放つと伊藤忠清を大鎧ごと貫いて、弟忠直の袖鎧を刺し貫いた。
 日本のリアルチート代表、鎮西八郎為朝その人である。身長七尺とあるので、210センチということになる。体重もおそらくは、三十貫から四十貫(百キロ~百五十キロ)と思われる。左腕が右腕より長く、一丈五人張りの弓を引いた豪遊無双の#武士__もののふ__#である。

 椿説弓張月を元ネタとしまして、「弓張月異聞 リアルチートは大海原を往く」を投稿いたしました。
<投稿作品:弓張月異聞 リアルチートは大海原を往く>
http://www.alphapolis.co.jp/content/sentence/231805/


2016年9月20日 (火)

五位鷺のお話し、そして千年白狐

「五位の鷺は、哀しくて」をアルファポリスのファンタジー大賞に応募しました。

 五位を賜った鷺姫が話は、醍醐天皇の頃に語られたお話とされております。ここらへんは、京都の神泉苑に行ってみるとわかるかなぁというところです。秋の行楽シーズンでもありますから、一度、見にいかれてもいいかなと思います。
 遥か昔に遊びに行って、そこまで出かけることができません。
 三十年程前の記憶からの話であります。Webで見ると、今も、伝説として掲載されているようであります。
<神泉苑Webページ>
http://www.shinsenen.org/kaisetu.html
 若いころは、自転車が好きだったこともあって、京や奈良まで自転車で遊びに行っていましたが、最近は、住んでる場所も遠くなり、なかなかに京都や奈良へのお出かけが難しい状況です。

 千年白狐は、信太稲荷の白狐と安倍保名の恋物語であります。一般の皆様には、安倍晴明が両親と言った方が理解しやすいかなと思います。アルファポリスでは、プロローグを描いています。史実の両親関係と、伝承における両親関係が異なります。プロローグでは、発生した状況を描いています。
<アルファポリス:五位の鷺は、哀しくて>
http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/652074864/
 私が描くと、どうも男の方が純情で未練がましく、女の人が強く割り切って行動します。世間一般の好みとは、そこらへんが合わない感じですが、好みの女性は、精神的に強い女性だったりします。そこらへんの男が束になって輪姦しても負けそうな女性が好みだったりします。

 千年白狐のプロローグは、エピローグなのですが、史実で言えば、鑑真上人様が、日本に上陸するために、玉藻御前と葛葉御前の手を借りて、東海竜王との口約束をおこなったとしました。これは、鑑真上人の日本上陸を、東海竜王が邪魔をしていたという背景を構成しています。
 また、ここでは、大茜という遣唐使船をモデルとした、大船が出てきますが、作中でモデルとした遣唐使船は、中国船の造船方法を基準としています。Junk船を基本構造に遣唐使船は建造されたとしています。大きさ等については、琉球の進貢船を基準に描いています。
 参考文献:「歴史の海を走る」 山形欣哉 著
参考文献:「海の武士団」 黒嶋敏 著

2016年9月18日 (日)

鷺姫伝説と女系社会

 日本という国では、太古女性が太陽であった言われるように、女系社会を形成していた。種族を維持・反映させるのに重要なのは女性であり、そして若さであった。古来日本が、末子相続を主として、女性を長とすることに違和感が無かったのも、女系社会が形成されていたためであると思われる。
 ただ、戦ということに関して、女性は弱さを抱くこととなる。典型的に体弱き女性でありながら、心強き女性として、鷺姫伝説を「五位の鷺は、哀しくて」で描いたのは、そのような身体的に弱いあやかしが、精神的な強さから描いてみたかったのである。
<リンク:五位の鷺は、哀しくて>
http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/652074864/
 あやかしの力を持ってさえ、人に勝てぬ身体をして、追われれば飛んで逃げるほどに弱きあやかしが鳥である。空を駆けるために、骨は軽く脆くなり、陸上を立って歩けるだけの人に抱かれると、肋骨が折れるような娘となる。

 平安期に入ると、女性の家で養ってもらった男は出世して、女性を迎えるための家を建てることが、男のステータスとなるそうである。女性の家は、娘婿の力で成り上がることとなる。尊き血筋から、血沸き肉躍る力を描いて築き、京女を迎えて天下に名を馳せることが、男の夢となる。
 鎌倉あたりまでは、分割相続と台所領という考え方があったものの、弱肉強食の世では、嫡子相続に男系相続への展開へと進んでしまう。

 こういった流れそのものを止めようとするならば、水の技を用いて、空から色を興して、土の技を用いて、色から色を強化する
男であれば、リアルチート鎮西八郎為朝となり、女であれば、同じくリアルチートと呼ばれし、城板額御前ということになる。
 どちらも、当時最強兵器である強弓使いとして名を馳せている。そして、どちらもまた、リアルチートが災いしてか、滅びの道を進んでいってしまったのである。

2016年8月24日 (水)

宵闇堀川水運と宵闇斎宮院家

Photo
 ファンタジーノベル大賞に、エントリーしました。

題名は、「あたしは、生きたい」
http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/377071170/

 講釈師、見てきたように嘘を吐くであります。
 宵闇では、京洛における堀川水運をかなり拡張しております。
 堀川水運について、平安期に幾度かの水利事業によって拡張され、鴨川が増水した場合の逃げ道としても活用された、このため、北部取水口となる、上堀川町あたりから南へ下ったあたりや、紫明通の南側、堀川の南端となる十条通りから南側には、人工的な遊水区画が数多く設けられていた。特に十条より南側の遊水区画は、鴨川の氾濫と重なると、時には大規模な氾濫となって、周辺一帯が水没することもあった。
 このため、堀川の水利は、一定の水量を確保することができ、水運利便が図られていった。この水利管理は、賀茂斎院へ寄進され、斎院の管理となり、京橋から鴨川一帯の京洛東側一帯の町衆からの運上金によって運営されていた。遊水区画一帯では、葦を中心に菜種や椿などが生産され、葦簾や葦紙などが生産品として加工されていった。葦関連については、賀茂座と呼ばれる許可制となっていて、巨椋池や河内湖を含めた川筋での葦生産拠点についても、賀茂斎院への寄進の対象となっていた。賀茂斎院は、鴨川や堀川の水利事業を鴨川や堀川を利用する船からの運上金だけでなく、葦および葦加工品の売買で賄っていた。
 賀茂斎宮家は、伊勢斎宮と共に、皇室からの皇女を迎えて斎宮家を形成していたが、平安中期頃より、賀茂斎宮家と伊勢斎宮家の二家を独立し、女性が当主として立つ斎宮院家となった。斎宮院家では、斎宮が婚姻する時に、主上から皇女を斎宮に迎えて、自らは斎宮院家の御台様となって婿を迎え、娘は次の斎宮候補となり、息子は院司となって斎宮院家を支えたと言われます。

«鬼からノと取って鬼とす

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