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2007年7月 6日 (金)

心流は、源の流れ

 武術の流れは、様々あれど、華の帝都八流の流れは、心流にたどり着くと言われる。心流から分かれた八派は、戦国動乱の中で隆盛し、凄まじいまでの英雄豪傑を数々生み出し、門派は拡大していった。
 華の初代劉皇が極めたのは、八派のひとつ水派であり、心流の当主であった麗蘭の妹を妻に迎えることで、八派を押さえ、巨大な華帝国の礎を築いた。水流に心流を組み入れ、水皇流とすることで、帝都八派を水皇の名でまとめあげ、帝位そのものが、八派の統帥位つまり武門最高位となったのである。
 初代劉皇から代々帝位指南役となったのが、水流を直水流とした李家の長、李厳斎であった。李厳斎は、各地の平和安寧を担う、巡検士の長となった。心流の当主であった麗蘭は、心流を直心流として妹に譲り、自分自身は山東泰山に隠棲し闇に消えた。紫苑は、山東泰山に隠棲し、心流の流れを組む流派である。心流の名は御止め流故に、流派を名乗らず、名をもって流派とするのが心流の流れを組む一派の特徴である。

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