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2007年8月27日 (月)

日本語検定の意味すること

 ま、グローバル時代とやらで、英語ができないとねぇ・・・と言っていた口が、日本語に変わっている。正確には、論理的な語学力の低下が問題になっていると考えてよい。つまり、言葉が通じない時代なのである。もちろん英語で通じるというわけではない。会話が可能であっても、相手に意思を伝達することが、困難な時代になりつつあるということである。会話にせよ、メールの文章にせよ単なる記号である。記号をいくら並べても相手が理解できなければ、相手に意思を伝達することはできない。
 つまりは、日本語による会話能力はあるが、語彙力が低下し、論理的思考能力が低下しているということである。日本語検定は、いくつかの問題をみた限りでは語彙力を増やすことを目的としているようである。これは漢字検定なんかと同じ傾向である。
 もう少し、論理的な思考力を向上させるための手法を考える必要があるかとは思うが、現状では仕方ないのかもしれない。
 工学分野では、人間の認知力については考慮してこなかった。つまりメールで伝達する場合に文字化けが起きることを防ぐための対応を考えるが、相手が伝達した文字をどのように判断するかについては考慮することは無い。通信信号が相手に伝達できれば、相手に意思が伝達可能であるというひとつの前提にたっている。最近、これが崩れてきていることを示している。だからこその日本語検定なのである。
 かつて、敗戦時に、ローマ字を浸透させ英語を必須とし、最終的に英語を国語化しようとした流れもあり、日本の識字率がそれを凌駕したことがあった。そういう意味では、日本語検定は非常に重要な意味を持つ。ひとつの思考論理回路を、特定の言語で確立することは非常に重要である。ただし、確立する言語が、日本語である必要は無い。ただ、ブレがあってはならない。中学から英語を学習するのは、脳内の言語中枢が確立される場合に、二種類の言語を学ぶと脳内の発達に障害になるからであったと思う。思考の発達過程で、母国語としてどの言語を選択するかについては自由であって良いが、子供の発達に障害になってはならないと思う。
 実験したわけでもないので、確認してはいないが、脳内の言語中枢における発達状況と、脳の認知状況を確認すると、今の日本人の状況は10年前や20年前の状態と比較すると、かなり変わってきているのではないかと思われる。鈴虫の鳴く音色などは、今の日本人はどのように聞いているのだろうか?

2007年8月13日 (月)

剣客のお話 拝一刀

 ま、Ittohという描き方だと、伊藤一刀斎かな、拝一刀かなという感じがすると思いますが、基本としては、萬屋さんが演じられた、拝一刀が剣客の中では一番気に入っています。拝一刀というキャラクターそのものは、小池一夫さんと小島剛夕さんの漫画「子連れ狼」という作品が好きだということもあります。
 配役としては、
 拝一刀:萬屋錦之介
 大吾郎:西川和孝
柳生烈堂:若山富三郎
 が個人的には気にいっています。殺陣の良さから言うと、萬屋(拝)VS若山(烈堂)は見たかったなぁ・・・個人的には、この二人だと逆でも可だったりします。どっちも似合う!!

 基本的にこういった剣客話の場合は、敵役が上手くないとイマイチの結果になります。あとシナリオ的には、一刀と大吾朗のシーンが、拝が生き残っているとイマイチになるので、高橋英樹さんの子連れ狼は悪くないんだけど(若山富三郎さんの演技も良かったのに、ちょー残念!)最期が嫌という結果になってしまいます。
 作品評価的には、北大路欣也さんの狼は、高橋さんもそうであったのだけれど、決闘シーンに関わるクライマックスに向かう流れがちょっと哀しい。苛烈な幕藩体制の維持から発せられる、全国の外様大名の意地や、旗本八万騎の気概みたいな思いが、一刀と烈堂の決闘にはあったと思います。また、時代の流れの中で失われ往く武士道そのものの悲しみも、決闘の象徴にあり、時代が速すぎた武士ではない阿部頼母が滅ぶところもまた哀しさだったのだと思います。
 時代背景がどうこうではなく、「子連れ狼」という作品は、幕藩体制確立期に生じる歪そのものが、描ききられた作品だったのだと思います。ドラマとして、この部分を素直に描いた作品が萬屋さんの「子連れ狼」しかないのが、非常に残念です。拝一刀を演じられる役者さんも柳生烈堂を演じられる役者さんも、非常に上手いにもかかわらず、「子連れ狼」という作品そのものが持つ性質が理解されていない気がします。
 時代の流れとかの描き方では、「天下騒乱~徳川三代の陰謀」がかなり綺麗に描けているので、できないことは無い作品なのになぁ・・・非常に残念ですねぇ。土井利勝の西田敏行さんが気にいっています。

2007年8月 2日 (木)

さおだけ屋さんの次は、バイトはいらない?

 山田真哉さんは、非常に理解しやすいというか、物事の本質を見極める方法を指摘させてくれる方である。数字というのは、非常に一人歩きしやすいし、簡単に誤魔化されたり、こんなはずじゃなかったのにということがよくある。
 今回の、「食い逃げはされてもバイトは雇うな 禁じられた数字<上>」は、そんな数字が魅せる錯覚とか意味合いとか、力について語られている。
 1円玉が100枚あることと、100円玉1枚あることは、数学的には価値は同じかもしれないが、現実的には意味が異なる。そんなことにも気づかせてくれたりする。私的には、こういった会計的な話はよく知っているものの、自分自身の会計はいつもボロボロだったりする。そこらへんは、知っていることと、実行できることがいかに違うかが実感できるところなのだが、はてさて困ったものである。
 自分が普段、何気なく考えている数字について、ちょっと意味合いを考える力は、非常に重要である。


 山田真哉さんの公式サイトはこちら>http://www.cam.hi-ho.ne.jp/shinya-yamada/

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