« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月25日 (火)

カオティックケイオス?

 私的に日本人が描いたファンタジーで好きなのは、酒見賢一さんの「後宮小説」である。
 第一回日本ファンタジー大賞の受賞作である。逆に言うと、彼の作品があって、日本ファンタジー大賞ができたんじゃないかと思うくらい、題材を変わってはいるものの、ファンタジーらしいファンタジー作品だと私は思う。
 後宮小説のキャラクターで気に入っているのは、混沌である。
 その時点、その状況における判断のみを行動基盤とする混沌は、表題にあるカオティック計オスそのものの行動である。本当の意味で、混沌という名を象徴するようなキャラである。

2007年9月21日 (金)

からくり綺談

 稀代のからくり師が作り上げた、自律型からくり人形ローゼンメイデン・・・というとなんか硬くて怖そうな感じですねぇ。私的にからくりは好きなので、からくりで動くロボットを作りたがるのは確かです。モータだけで関節を動かすのは、好みにあいません。
 日本では古来から、愛された人形には意思が宿ると言われていることもあって、壊れたおもちゃとかは、非常に困ったもので、捨てるに捨てられなくなることが多い。私自身は、”万物は神のかけらなり”という信条もあって、なかなかに捨てるのは苦手である。
 欧米でもピグマリオ以来、彫刻やからくり人形への想いがあるので、非常に思い入れが強いのも事実である。
 私的には、どうやったら本当の意味で、チューリングテストをクリアできるような、自律型の人形を作れるのかということには興味がある。職業柄、造り手側からすると、アニメを見るたびに、これを作り出すには何が足りないのだろうという見方をしてしまいますねぇ。

 ただねぇ・・・最近は、桜田ジュン君のように、対象の動機を補助やサポートするキャラが増えているような気がします。キャラ化の時代という感じもありますが、自分で自分を演じるにあたって、前に出る方を自分のキャラにする人が主人公って少ない感じですねぇ。

2007年9月20日 (木)

理解>分解>再構築の科学的考察?

 基本は、金でないものから金を錬成する技術のことである。ただ、今は、「鋼の錬金術師」というアニメがあったこともあって、等価交換という言葉の方を聴いたことがあるかと思う。物理的な話で言えば、核開発の起爆剤ともなった、E=mc^2というアインシュタインの有名な式があるが、この式が示すのがこの等価交換という考え方の基盤となっている。つまり式が等号である以上は、物質をエネルギーに変換することが可能である。エネルギーを物質に変換することも可能となる。
 現代の技術的なお話で言えば、理解と分解を質量をエネルギーに変換する作業と考えれば可能と言える。問題はエネルギーから質量への逆変換(鋼の錬金術師で言えば、再構築)が技術的に非常に困難であることである。
 また、あんまし知られていないのだが、エネルギーというものは、計測可能ななんらかの物理エネルギーに変換されない限り、計測することはできない。核融合や対消滅等は、質量がエネルギーに変換する場合、熱や光といったエネルギーに変換されるため測定が可能となっているだけである。
 さらに言えば、ブラックホールにモノを投げ込むと、モノの情報が消滅すると考えられていたが、情報が消滅しないという理論がホーキング博士によって発表された。これは、SFファン等の間では有名なお話である。
 こういった話からすれば、モノの情報を保管することや伝送すること、モノに再構築をおこなうことそのものは、物理的には可能であるということになる。世の中には、物理的に可能であるということと、技術的に可能であるということは異なる。ここら辺が、計測を主とする技術屋のはしくれとしては、技術的に不可能と言われることが、非常に気に入らないこととなる。
 

2007年9月19日 (水)

スピーチは自己防衛?

 話をすること自体は好きで、結構、いろいろなお話をしている。ここで書いている文章は、私自身が話し足りないこととか、ブログが気に入っているのは、話を人を相手にする必要が無いことでもある。これは、誰も信じないような気がするのだけれど、私は人前で話すのは苦手である。人そのものが、基本的には苦手だったりする。
 人と居るときに、ほとんど一言も話していない自分が居る。この話を、知っている人にしたとき、”そんなことは無い。ちゃんと相手と話ができているじゃないか”という答えを返される。
 それは、違うのである。人と話をしないためには、黙っているのではなく、単に自分が喋ることで、時間をつぶす為である。本当の意味ではほとんど喋っていない。休みの日に誰とも話をすることなく、家からでないで、ぼーと、一日が過ぎることがある。なんか時間が経って空腹になると、家に出るかどうかを悩む。そうすれば、人と話ができないことを、悩まないで良い。

閑話休題
 私が暮らしている家には、冷蔵庫も無ければ、ポットも無い。また、キッチンが使える状態にもなってないので、外食するか弁当を買ってくるか以外に食事をする手段はほとんど無い。この10年くらい、大半が外食となっている。
 家に居て、飯が食えるわけでもないが、家を出るのは面倒なので、休日は予定が無い限り、あんまし外には出ない。つまりは、休日に食事をすることは少ない。大概は、予定があるので、家から強制的に出ることになる。私は、ありとあらゆる意味で、あんまし普通ではないし、そんな自分を普通だと言えるほどでも無い。
 そういえば、布団もないなぁ。シェラフで寝ている。また、毎日のように、明日仕事に行けるかわからない気分でいる。そういう精神状態で仕事をしているし、だから定期でなく回数券で通勤している。回数券を使っている間くらいは、職場に行けるだろうくらいの気分である。逆に言えば、回数券でないと無駄になる程度に、仕事が続けていけるかどうかわからないということでもある。

2007年9月18日 (火)

有名だけど無銘の詩

A thousand winds by Author Unknown

 非常に有名な詩だけど、無銘の詩でもある。久しぶりに本屋さんに行ったら見つけたので、買ってしまいました。日本語訳および解説文等の著者は、新井満さんです。
 実際に何時、詠われたのかもわかっていないそうである。新井満さんの本によると
 1977年の映画監督ハワード・ホークス氏の葬儀で、俳優ジョン・ウェインが朗読したそうです。
 1987年の女優マリリン・モンロー氏の25回忌の時、ワシントンで行われた追悼式の席上でも、この英語詩が朗読されたとのこと。(新井さんによると朗読者不明とのこと)
 1995年、24歳のイギリス軍兵士、ステファン青年が、IRAとの戦いで犠牲となり、生前に両親に残した手紙に書かれていたのが、”僕が愛するすべての人へ”という手紙とこの詩だったそうです。
1000
 有名だけど無銘の詩。どれほどの時を重ねても、残る人へ贈られる詠唱。英文にせよ、日本語にせよ、原型はとどめているものの、少しづつ時と人によって変化しているようです。新井満さんの本に掲載されているのは、ステファン青年の書き残したものであり、三五館版違っているのだそうです。(三五館版は持ってないので、確認できてません)

 小さな争いに追われるのではなく、すべての人が正しく、すべての答えが合っているとするような暖かさが欲しいなぁ・・・


2007年9月17日 (月)

物語が好き その1 by 風来坊

Monogatari01
子供頃は、語りが好きだった。イマイチ覚えてないのだが、文字が読めるより前から物語を聞いていた。
 家には、レコードが聴けたこともあって、宇野重吉さんや小池朝雄さんの朗読がソノシートやらレコードやらでいっぱいであり、気に入った話は何度でも聞いていた。ソノシートはそろそろなんとかしないと不味いだろうなぁ・・・
 物心つく前後くらいになんどとなく聞いていたのが、風濤社のかにむかし(作:木下順二、朗読:宇野重吉、画:滝平二郎)である。かにが、柿の種から柿を育てて、実がなった頃に、サルが横取りしてしまう。熟してない柿の実を投げつけられ死んだ親ガニの仇討ちに子ガニたちがキビを育てて団子を作り、それを持ってサルの住処に向かう。向かう途中で、パンパンぐりや蜂、牛のふん、はぜ棒、石臼を仲間にする。
 物語が好きの元になっているのは、この時にみんなで仇討ちに向かう途中の擬音表現だったのだと思う。ガッシャガッシャ、ガッシャガッシャ、コロコロ、ブンブン、ペタリペタリ、トントン、ゴロリゴロリ。それぞれ、子ガニ、パンパンぐり、蜂、牛のふん、はぜ棒、石臼の動きを表現している。この語りを、宇野重吉さんがやっているのだが、この語りに熱中した。
 今は、講義をすることも仕事としているが、私的には、受講生とロールしながらマスターとして講義を物語にすることが、目標であるがこれが中々に難しい。講義中に寝てしまう学生がいるのは、所詮、マスターの能力不足なのである。

2007年9月15日 (土)

パズルコレクション No.54 ”トー・ゲーム”

 パズルコレクションを買っているのだが、久しぶりに買って得した気分になれるナンバーと出会えた。パズルコレクションNo.54である。
 なぜかというと、ボードゲームがついているのであるボードゲームが、名前がアシェットコレクション製は”トー・ゲーム”となっているが、内容は、メソポタミアにある”ウルの王墓”から発見されたゲームとほぼ同じなのである。ほぼ同じゲームが、大英帝国博物館から発売されている。大英帝国博物館製のゲーム名称は”Royal Game of UR”となっている。
 ゲームの違いとしては、駒の数が、大英帝国博物館製は7個に対して、アシェットコレクション製は5個となっていること、盤の最後が、少し異なること。後、ランダムを決めるサイコロが、大英帝国博物館製は正4面体を使っていて、アシェットコレクション製は、棒サイコロを使う形になっています。
 値段的にも、イギリスポンドのレートがきつくて高い大英帝国博物館製よりも、お手ごろな値段で買うことができます。
Game54

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

フォト

ココログペット

  • ちょっといれてみました
2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

Ogamiのココログリスト

無料ブログはココログ