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2009年10月18日 (日)

なんとはなしに得られる敬意

 古事記や日本書紀を読んで、古田武彦「古代は輝いていた」を読んでというと、日本史的にはうさんくさい状況となるようである。古代史と現代史は、日本では非常に話し難いテーマであることは、事実である。歴史的な事実が何かについては、学術的な論議をできるような状況と、本当になっているのかどうか。ま、エッセイとして描く分には、それほど堅苦しくなく話せる範囲と思います。他にやりようがないというのも、あるんですけどね。
 何とはなしに得られる敬意
「畏れとは何か」に対して、椎橋寛さんは「ぬらりひょんの孫」1巻で畏敬を抱かせる存在という描き方をされている。暴れる大河を竜に描き、鎮めるがためにために堤を築く。巨大なモノ、変わらぬモノ、吹き荒ぶ台風、火を吹きあげる山、これらもまた畏れである。日本では、畏れを抱く対象を神と呼び、八百万の神々が生まれた。
 神と呼ばれるも、魑魅魍魎となるにせよ、妖怪となるにせよ、それは観方の違いであり、相手そのものをどのように判断するかの違いでしかない。だからこそ、日本の年末年始には、様々な宗教行事のイベントがあり、すべてに参加する日本人も多い。畏れを抱く相手すべてを、神と呼ぶためにこそ「八百万の神々」は生まれたのであろう。
Ogami流エッセイ。「八百万の神々」

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