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2014年12月 2日 (火)

堕ちて行くというイメージ

 格闘技の修行で、崖を登っていくというイメージから、崖を転げ落ちていくというイメージに変わっているようだ。チートになって生き残るか、死ぬかという二択となるのが、こういった世界でのイメージのようである。つまりは、修行をするというのは、ポジティブではなくネガティブといったところなのだろうか。希望ではなく、絶望が修行を推進する力というのだろうか。
 自分は生き残るとか思っていると、たいていは死んでしまうものだ。それに、チートな能力は、手に入れるまでが大変だけど、手に入れても結果的に恨みを買えば死んでしまう。人の殺し合いをしていく中で、生き残るということは、はてさて難しいものである。
 人を殺し合うような世界では、人を活かすことがいかに難しいかということになるし、人を活かせる世界では、無双なチートは活かせないとは思う。
 堕ちていく先で、チートを手入れてというのは、非常に面白く無い気がする。しかしながら、ポジティブに頑張っていくような雰囲気は少ないようにも思う。異世界チートを見ていると、異世界で活躍している姿そのものは、ポジティブでも背景にあるのは、絶望のように見えることが少し悲しい気がする。
 チートという絶望は、好みでは無い。
 "I am not good at Life"でない世界が、現実でも異世界でもあってこそだと思う。まぁ、そういう状況であれば、売れないかぁ・・・

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