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2014年12月 6日 (土)

コンテンツの在り様

 これは、ワーグナーの言うところの「総合芸術」に対する、個人的な判断基準である。
 書くとするところを、描くと記すようになって何年になるかわからない。
 最初に感じたのは、俵万智さんの「サラダ記念日」のレイアウトであったように思う。内容ではなく、レイアウトに驚いたのだ。詩というコンテンツをこうも見事に描いたというのが面白かったのである。
 書くというのは、"言葉"や"文章"に対するもので、その本質を捉えた「コンテンツ」に対するものではない。これが、コンテンツを文章として描くと表現することに繋がった。「描くこと」というのは、絵画のようにコンテンツを文章を使って描くことでもあり、そこに数式や計算があれば、式が、その情景が絵であれば絵を、動画であれば動画を実装することで、全体として「コンテンツ」を完成させる。
 一人の人間ではなく、複数の人間や複数のメディアに展開されるのも、「コンテンツ」のこれからの在り様を示していると判断している。

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