2014年1月28日 (火)

茅田砂胡全仕事1993-2013について

 茅田砂胡作品の外伝集、様々な作品群の描き下ろし外伝が掲載されていました。どんな感じの作品が掲載されているかについては、PVも含めて、C★N30周年特別企画としてWeb上で宣伝されています。こちらの掲載後しばらくして、トゥルークの海賊前日譚はトゥルークの海賊3巻に掲載され、前日譚のページは掲載が終了したようです。
<茅田砂胡全仕事1993-2013>
http://kayata-allworks.com/index.html
 とっても分厚く、読みづらい感じの作品ですが、外伝テンコ盛りは、なかなか楽しく、内容的にも面白かったです。久しぶりの桐原家は、やっぱり良い感じですねぇ。

 ドラマCDも、作品の雰囲気が出ていたと思います。個人的にキャストと声に違和感があったりとかもありましたが、ここらへんは、人の好みによりますので、一度、聴いて判断してくださいとしか言えません。紅蓮の夢は、茅田さんの同人時代の作品名だったのではないかな?一冊買った気がするけど、どこいったかなぁ・・・

2014年1月 9日 (木)

旧約聖書を読んだことがありますか?

 阿刀田高さんの著作には、「旧約聖書を知っていますか?」という本がある。阿刀田さんは、ユーモラスに描くという能力に長けた方なので、読んでいると非常に読みやすく面白い。ちょっと変わった聖書紹介の本ということになるだろう。

 実際に読んでみると、良く分かるが、親子代々が記述されていることもあって、なかなかに人物を把握することが難しい。

2014年1月 7日 (火)

知的生命体であること

知的生命体の規定:
「言語を有し、操作可能な上肢を有する生命体は、知的生命体として認める」白鳥座憲章
 この文章は、ロバート・A・ハインラインの「ラモックス」という作品での規定であるが、個人的には気に入っている。知的生命体同士の規定としては、佐藤大輔さんの「皇国の守護者」に描かれている、<大協約>の雰囲気が好みである。
 白鳥座憲章は、生命体は、知的ではあるが、言語を有し、操作可能な上肢を有することができれば、一定のコミュニケーションが可能と言うのが、考え方の根底にある。これ自体には、それほど大きな違いは無いように思う。ただ、操作可能な上肢の部分については、類似したモノであれば良いように思う。ここらへんは、どの程度までコミュニケーションが可能であるかどうかに依存してくるのだと思う。
 <大協約>は、生命体の種としての保存を基準として、戦争の制約条件としている。これは、異種族間の殲滅戦を回避する手法として用いられている。

2009年3月16日 (月)

若者よ世界を見よ

Sugiyama
 ちょっと、大上段に構えてみるのも、たまには良いのではないだろうか。
 様々な資料やデータを使って、現実に観光業が置かれている状況を、社会的、政治的、経済的な側面から分析している本である。表紙とか見ると旅行記っぽく見えるが、中身は、旅行記を描ける人達をつくりだすためには、どのようなことを考えていかなければならないかという描き方となっている。
Ogami流読後感想文 杉山繁雄 著 「若者よ世界を見よ」

2009年1月 7日 (水)

デス・コミュニケーションと最後の授業

 前に描いておりますが、生あるものには死が訪れる。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす・・・ホスピスと言われる、延命措置をせずに、死を迎えるまでの間を生きる病院があるそうです。日本では、病院内にホスピス対応の病棟が設置されているようです。延命措置には、色々と議論もありますし、目の前で起きるとやっぱり判断は難しいというのもあります。死というものは、必ずつきまとうものではありますが、生きるということも、必ずつきまとうものなのです。
 正月、時間があったので、ランディ・パウシュ教授の”Last Lecture”と”Time Management”を見直して、久しぶりに平家物語を訊いております。教授が亡くなられたのが、2008年7月25日ですから、半年くらいになりますか。観ていたのが、YouTubeだったので、この機会にDVD付きの本を買っちゃいました。
Ogami流読後感想文、ランディ・パウシュ著「最後の授業」

2008年9月22日 (月)

感謝の法則


 非常にわかりやすく、営業の考え方とか、数字の把握方法について記載されている本です。
 成田直人さんの「感謝の法則」1億円の売り上げを上げた方のお話となっています。

 数字が並んでいるだけでは、儲からない。並んでいる数値の意味を活用して、売り上げをあげる。自分は、行動とか表面的には営業的な人間だったりしますが、本質的に営業に向いていない人間です。売り上げ1億円をあげることそのものには、さして興味が無いので、この本そのものが、参考になるわけではありません。
 しかしながら、あんまし営業とか考えたことの無い人とか、失敗ばかりしている人には、知っておきたい話が掲載されています。逆に、自分に自信のある人とか自分のやり方以外を認めない人は、読まない方が良いかと思います。悪い結果になりそうです。
 また、儲けたいんだと思う人には、向いている本ですが、儲けたいと考えてない人には、あまり向いていません。
Ogami流の本紹介

2008年8月 3日 (日)

虔十公園林

 私のページに来られた方のページに谷津干潟と森田三郎さんのお話が掲載されていました。<注>当該記事が削除されたので、リンクを削除しました。[2008.09.10削除]
宮沢賢治の虔十公園林を読んで彼のような生き方もいいなぁと思いつつ、なかなかに彼の生き方を実際におこなうことが辛いものであるということも理解しています。
 なかなかに続けることが難しく、他者の理解を得ることも難しい。また、上手くいかずに終わってしまうこともあります。テレビや物語になるのは、笑われる人が笑う側の人を、結果を出せて説得できた時だけという事実が、笑われる側に回れる人が少なくなることを示します。されど、結果をだせるかどうかは、実施する前に判断することはできません。これが、一番難しいのでしょうねぇ。

Ogami流読後感想文 宮沢賢治「虔十公園林」

2008年7月27日 (日)

青鬼のように

 「泣いた赤鬼・・・」子供のころに読んだ本である。赤鬼を泣かせてしまった青鬼のように、生きていきたいなぁと思った本である。赤鬼になりたいとは、思えなかったのも昔からである。青鬼というのは、損をする人生なのかも知れない。けれど、金では得られないモノを得る力が、青鬼にはある。
 ケンシロウが嫌いでシンが好きで、だからユリアが嫌いになってしまう。ラオウは好きだけれど、倒すのはシンであって欲しかったなぁ・・・だからシンが死んでしまったときも泣いちゃいました。

Ogami流感想文「泣いた赤鬼」を読んで

2008年7月14日 (月)

ひっくりかえったおもちゃ箱&H2O!

 自分を愛することって、簡単なようで難しいものと思います。それぞれの思いや感じ方で違うやり方もあると思います。自分の場合は、”早く人間になりたい”と願いながら、人間って何?と思い悩むことが多いです。また、神を愛するがゆえに、神を憎んでしまったのが、悪魔の始まりと思い、人よりは魔に近い自分を感じます。憎むこともまた、思いの強さであり、愛なのだと思います。
 過去にあったことが過ちであったか正しいかは、判断できませんが、自分は:そのときそのとき精一杯の選択をすることしかできません。例えどんな決定であったとしても、自分の下した決定と考えれば、どんな決定であっても後悔してはならないと考えています。
 判断は、時に他人の人生や生命をも左右します。されど、判断は下されなければならないのです。

Ogami流読後感想文+添えて

2008年6月29日 (日)

新しい本[コンテンツ]の潮流

 電子コンテンツがネットワーク上で販売されるようになって、新たな流れがまたでてきているようです。単に情報をネットワーク上で検索して収集し、編集することで新たなコンテンツを作り出すという動きです。つまりは、ネットワーク上の情報をある特定の目的を持ってコンパイルすることで、新たなコンテンツを作成するという手法です。
<NewYorkTimesの記事から>
 この方法で作成されたコンテンツが、現在、アメリカで大量に製作し、発売されているみたいです。これは、さまざまなコンテンツサービスをビジネスモデルにする場合に影響を与える事柄になると考えられます。
Writing_soft01
 ここら辺は、著作権益の扱いが非常に難しいような気がするのですが、amazon.comで発売されているようですし、ISBNの番号も振られているようです。(@_@)モンダイナイノカナ?

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