普通にカップヌードルが好みです
ブログネタ: あなたの一番好きな、カップ麺は何?
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ようよう落ち着いたみたいだけれど、一日に数百hitくらい上昇していた。嬉しいといえば嬉しいのだけれど、怖いと言えば怖いものである。アクセス数の増加内容は、同じ方が、私のページをずぅーと読んでいただいていた結果であったので、ちょこっと安心してます。
以前にも、個人で把握できるのは、1日100hitくらいまでというお話を描いたりした。今も、考えとしては、趣味で描けるのは、1日100hitくらいまでだと思っています。ここんところ、1日数百hitになることが少しづつ増えてきているのは嬉しいのですが、徐々に管理しきれなくなっているのも事実です。さて、どうしようかなぁ・・・
観ていただいた方は、ある程度、どんな記事を読まれているかとか、どこらへんからアクセスしているかとか、ちょこっと確認しています。検索ワードとかもチェックして、記事を描く内容の参考にしていたりします。(^^A;;;
検索ワードとしては、LabVIEWが多いのは、あんまりかわってませんが、過去、何度か記事を描いているNewsletter, No.53, March 1973に関する検索が増えてきているみたいです。やっぱし、プロジェクト資料としては、重要なマンガなんですよねぇ・・・
<過去のNewsletter,No.53, March1973の記事>

個人的には、インターネット上では、情報発信力の格差というよりも、情報を発信する覚悟には、格差があるのではないだろうか。私個人にしても、情報がビジネスに関わる範囲では、流せる情報と流せない情報があるのも多い。全部の情報を流すほどに、親切ではなかったりもする。
人前で話すことも多かったりするので、ブログ等は、行間を人前で話すため、情報のメモ書きとして活用しているというところも多い。
また、個人個人がすべて創作でコンテンツを描くことは、それほど簡単なことではない。私自身にしても、さまざまな資料等を読んだり、分析する中で文章を作成している。ブログの中で、書籍紹介や読後感想文形式で描いているのは、苦肉の策のようなコンテンツ制作方法と捉えている。
様々な人脈や、ネットワークの検索や出合った方と、様々なコンテンツを得て、新たなコンテンツを作り上げていくことは、昔も今も変わらない。フォーラムやカンファレンス、専門誌や業界新聞といった様々なイベントやメディアに、インターネットという道具が加わっただけだと判断している。
二百三高地という映画があります。この映画をどのように観るかは、観る側の意識で変わりますので、映画については、説明できません。この映画に使われていた歌が、さだまさしさんの「防人の歌」です。
Wikiに記載されている内容からすると、万葉集16巻3852番の歌
「鯨魚取 海哉死為流 山哉死為流 死許曽 海者潮干而 山者枯為礼
鯨魚(いさな)取り海や死にする山や死にする死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ 」
を基に作られているそうです。
リンク: 若者の海外流出が話題に.
個人的には、アメリカを説得するのに50年かかるとして、日本は簡単なように見えて、説得するのは100年かかっても難しい。SI単位の浸透をみていると、そのように思います。また、SI単位そのものも、版を重ねる中で、ローカル規格との整合性がはかられています。
個人的には、日本に居住しつつ、海外に複数の拠点を持ってビジネスを展開するのはありかなと思っています。ビジネスによって、拠点の取り方は変わるのではないかな。
世間という言葉は、もともとは仏教用語で「壊され、否定されていくもの」という意味のサンスクリット語(loka)なのだそうである。世間という語彙は、万葉の時代からあったそうです。
パソコンの台数が、世帯あたり10%を越えたのが、1997年ごろと言われている。窓95が発売され、ようやく稼動時のトラブルが少なくなり、世間一般の人がパソコンを使ったと言えるようになった頃である。日本の場合、Junetの時代や以前のパソコン通信と呼ばれていた時代から、パソコンで使っているのは、メールがメインだったように思います。これは、インターネットでも変わることなく続き、ケータイ電話では、電話以上にメールのやり取りが多いという状況になっているようです。
これは、どうも日本特有の現象らしく、ケータイの普及が日本より早かった北欧でも、そういう状況にはなっていないそうである。日本人とITの関係は、明確に自分と他人を分けることがないこともあって、自我が、メールを描いている自分、ブログを描いている自分を含めて拡散してしまうことにある。
つまりは、コミュニケーショングループが、従来の地域や学校といった世界から、それぞれの人が所属するコミュニケーション・グループに変わったということである。そして、コミュニケーション・グループによって、世間を構成している。世間は、阿部謹也さんによれば、「個人個人を結ぶ関係の環であり、規則や定款は無いが、個人個人を一定の枠内で結び付けている。だが、個人が世間を構築はしていない。なんとなく、そこにあるものとして所属している」そうである。
ま、こういった考え方は、わからんではないし、なるほどとも思える。されど、それは悪いことではない。性善説を基礎としている社会は、相手をまず信用した上で成立する社会である。だからこそ、振り込め詐欺のような事件が多発するのである。他人が信頼できるかどうかを確認して信用するのではなく、他人をまず信用することで、互いの信頼を確保することにある。
日本では、今でもまだあったりするが、家に鍵をかける習慣がなかったりする。出かける時には、家の扉にお札を貼って、「盗みに入るのですか?」家に入ろうとする相手の心に問いかけるのである。これは、性善説を前提とすれば、何もおかしな事ではない。自分を信用してもらうために、まずは相手を信頼することから始めているだけである。
Nari流読後感想文、正高信男 著「他人を許せないサル」
鉄道ゲームというと、個人的に18XXシリーズの1830が好きだったりします。
GameLink vol.1には、この好きな鉄道ゲームのお話が掲載されております。しかも、1830からのお話は連載です。個人的には、鈴木銀一郎先生の講演内容が掲載されえいるページとか、付録ゲームとかあわせれば、値段的にも納得かなぁとか思ってたりします。
こういったマニアックなゲームとか、本当の意味でのゲームの作り方とかを、好きな人の人口が、どのくらいいるのだろうかというのが、ちょこっと気になるところだったりします。
システム解析や分析といった内容を研究される方には、こういったゲームと親しむのも有効とは思います。なぜ、「金持ち○さん 貧乏○さん」を読んでる人が、金持ちになれないかとか、そういったビジネス書を読む方々のどこに間違いがあるのかは、1830とかやっている方が、キャッシュフローをプレイするよりも理解できるのではないかと思います。
キャッシュフローは、1830とかアクワイア、別にモノポリーでもいいのです。こういったゲームが、どんなシステムになっているかを、きちんと分析し、しかるべき人のインストを受けて、1年間くらいゲームをしてみてください。その上で、キャッシュフローというゲームのルールを読んだり説明されれば、プレイすることなく、「金持ち○さん 貧乏○さん」の内容で、自分が儲けを出せない理由を理解できます。才能があるかないかの判断もできます。
久しぶりに、生産機械システムの時に造った動画を見た。ちょこっと映っていたりします。(苦笑)
生産機械システム技術科は、「機械技術を中心とした、企業の生産現場を想定した、企画・開発から、設計・製造、実験・評価、保全・運営・管理や生産管理といったシステム全体にわたって、課題解決型グループ学習方式による実習を中心としてすすめています」という内容となっています。
課題解決型グループ学習方式について、ポスター発表を、11月12日に開催される、沖縄イノヴェーションフォーラム2009でポスター発表を実施する予定です。そこで、作成した動画データについても公開します。口頭発表の方は、「国際化の流れにおける日本の技術教育」というテーマで、ハードウェアとソフトウェアの融合への流れとか、図記号の変化とかを発表します。
<沖縄地域イノベーション創出協議会>http://www.otia.jp/
<沖縄産学官イノベーションフォーラム>http://www.otia.jp/app/webroot/info/?p=519
<はやぶさのページ>http://www.jaxa.jp/projects/sat/muses_c/index_j.html
小惑星探査のため、地球へ惑星の石を持ち帰るために、宇宙へ飛び立った「はやぶさ」はエンジン不調のために、地球への帰還が危ないそうである。
<エンジン不調>http://www.jaxa.jp/press/2009/11/20091109_hayabusa_j.html
なんだかんだと、宇宙に行って帰ってくることは、難しいものである。こういうニュースを聞くと、宇宙というのは広いものだなぁ、と実感することができる。今回は、目的地にたどり着き、地球への帰り道で力尽きた状況のようである。JAXAでは、なんとか地球に帰還する方法について、検討しているとのことである。
なんとか、地球に戻れるといいのにねぇ・・・
現状での問題は、動かないソフトがどの程度あるかというところですね。著作権保護PDFのキーリングライブラリは、Windows7でも動作するとのことですが、AVS Video Converterの対応は不明です。Adobeさんのフォトショップとかイラストレータは、CSなので、そこらへんも対応は不明ってところですねぇ・・・はてさて、どのようなこととなりますか。
アップデートの結果、OSが変わったこともあって、レジストリが初期化されました。結果として、iTuneで購入してダウンロードしたファイルといった、著作権保護ファイルの再生は、再度登録しなおしということになります。

ここらへんは、種類が多いと面倒だったりします。また、著作権保護ソフトによっては、Windows7未対応だったりすので、注意が必要です。ちなみに、E-Bookの著作権保護は、Windows7に対応していないようです。

また、キーリングライブラリは、読むことはできますが、Windows7上では、バックアップファイルが制作できません。困ったねぇ(´・ω・`)ショボーン
リンク: “敗者の態度”に厳しい評価 - ココログニュース
実際の試合等を見ていないので、現実がどうであったかは知らないけれど、試合というのが誰のものであるかというのが、問題の焦点なのだろうと思う。つまり、関係者である、stakeholderの範囲をどのように規定するかによって、判断の仕方が異なるということになる。クラブチームが組織である以上は、社会的責任[Social Responsibility]の対象となる。
これは、アマチュアであろうと、プロであろうと関係はない。
個人的な感想からいえば、表彰式での行動が原因とすれば、stakeholderで最も影響を受けたのは、スポンサーであろう。スポンサーが、当該する事件を問題視したのであれば、クラブチームはできる限り早く対応しなければならない。最低限、スポンサーが納得できる対応が必要であろう。
試合に負けたことが、選手にとって悔しいということは理解できるが、悔しさの表現がどんなことであっても許されるということにはならない。
最近も、Eジスペンについて、検索されることがある。
Eジスペンは、株式会社ナミックスさんが開発された商品ですが、製造は2009年4月22日付のお知らせで、5月末日をもって、事業が終息したとの報告がなされております。製造が中止されたため、販売店舗の在庫分が販売されているだけなのではないかと思います。
<ナミックスさんからのお知らせ>http://www.namics.co.jp/topics/?p=1
個人的に、ナミックスさんの試みは、非常に賛同していましたので、残念ではあるのですが、ビジネスとしては仕方ないのかなと思います。(TT)ザンネン
厚生労働省のウェブページ上で、アリビンピックいばらき大会の結果が掲載されていました。
<アビリンピック結果>http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000027ui.html
さすがに地元開催らしく、茨城県代表の選手が、金メダル5個を含む、13名入賞という結果だったようです。2番手が、静岡県の6名ですから、茨城県はダントツの強さだったようです。
電子ブックリーダ「kindle」が発売されたこともあって、いくつかのレヴュー記事がネット上に掲載されている。
日本での売れ行きは、よくわからないが、個人的には電子書籍のファイル規格について、突破口になればいいなぁというのはある。電子ブックリーダが日本で売れていないような話があるが、そんなことはない、日本は電子書籍リーダの大国である。なぜなら、電気屋さんに行ってみて、電子辞書が何種類売られているか確認してみてはいかがだろうか?シャープさんの電子辞書は、機種を選ぶ必要があるが、XMDFファイルの電子書籍を読むことができるし、MP3のプレイヤーにだってなる。ちなみに、私が保有する電子辞書は、XMDFファイルが読めて、MP3プレイヤになる機種である。SHARP製PW-TC900を保有。
なぜ、パソコンがあっても、電子辞書を買うのか考えたことはあるのだろうか?どうも、電子ブックリーダを設計・開発されている方は、電子辞書を見直してもいいのではないだろうか?富士通さんがLooxUに辞書ソフトをプレインストールしたのも、UMPCの方向性と電子辞書がぶつかる部分があるからなのではないだろうか?
個人的な感想からすると、電子辞書を含めて電子ブックリーダは、最終的にUMPCとの競合していくなかで、どのように進化していくのかということになるのではないだろうか?どうも、電子ブックリーダそのものは、UMPCと融合していくような気がしてならない。私個人が、電子ブックリーダとして使用しているのは、富士通さんのFMV-LooxU50WNである。今のところ、このパソコンを買い換える理由が、電子ブックリーダには見当たらない。
沖縄も、かなりすずしくなってきました。といっても20度くらいですけど。涼しく夜が長いということで、読書にふさわしい季節ということから、”読書の秋”という言葉が生まれたようです。
読書の秋という言葉は、「読書推進運動協議会」さんによると、終戦直後に、出版社や図書館、取次に書店、報道や文化関連団体さんが「新生日本を文化国家に」という合言葉に、昭和22年に読書週間実行委員会が結成され、スタートしたのが秋の読書週間なのだそうです。
<読書推進運動協議会のページ>http://www.dokusyo.or.jp/
個人的にも本が好きなので、季節にあんまし関係なく、本屋さんというのは、非常にお金を浪費してしまう場所となっています。(苦笑)
今度、フルカラーLEDを使って、音に合わせて、光輝くLEDを造ることとした。
小学生等に説明すると考えた場合に、学研さんの「光の三原色実験」を買ってみました。

簡単な光の説明とかを含めて、流石やねぇ・・・というのが実感です。大人の科学とかもそうですけど、学研さんには、頑張って欲しいって思いますね。
<学研さんのウェブページ>http://shop.gakken.co.jp/shop/
21世紀から22世紀への流れは、20世紀の後半から始まった。The ENDに象徴される、代理戦争の泥沼は、ベトナムを最後に終焉を迎えた。強大なリヴァイアサンの蠢きは、アフガンで自らのはらわたを食い破った。暴竜は、無数の頭を持つヒュドラとなり、すべての頭がNo.1にしてOnly oneとなった。これが、20世紀の流れである。
技術分野では、SIに代表されるように、世界基準の流れが生じ、ヒュドラの頭のひとつが生まれる。新たな思いは、Free-Flat-Aoutonomyに象徴され、無数の思惟が集積して、ヒュドラの頭のひとつに生まれる。20世紀末から21世紀初頭への流れは、ヒュドラの頭が無数に生み出されていく時代の流れとなった。
ヒュドラの頭は、それぞれがOnly Oneであるがゆえに、暴走し熱砂の砂漠を血に染める。21世紀は、時には暴走するヒュドラの頭を、人が為す天災と捉え、付き合い共棲する道を模索することとなろう。22世紀に向かって、The ENDの先にあるのは、Imagineであって欲しいものである。
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